過った経営手法
1990年のバブル崩壊以降、日本企業は米国流(アングロサクソン流)の経営手法を数多く取り入れてきた。しかし、2000年以降の日本企業の低迷は、この米国流の経営手法を取り入れてしまったことにあるのではないか?東洋的な、日本的な経営手法への回帰が必要ではないか?
たとえば、カタカナ語の経営手法は、日本人の心に響かない(共感しない)。背景や前提条件をも理解した上で導入したのか?背景や前提条件を考慮せずに、導入して失敗していないか?
カタカナ語
コンプライアンス
法律・規則の細目を守ることよりも、高い道徳観、倫理観こそが必要。道徳・倫理教育のほうが必要。
セキュリティ
社員不信が前提の施策。倫理教育・運用で賄うべきところを、「セキュリティ」の名の元に、企業内のコミュニケーション・ナレッジマネジメントを悪化させる。
ハラスメント
過度に重視したことにより、企業内のコミュニケーションを悪化させた。
ワークライフバランス
本当に必要なのか?
リスク
「危険」と翻訳してしまいがちなため、「取るべき」ものではなく「避けるべき」ものになってしまっている。
短期志向・社員軽視
株主重視
社員軽視に繋がる。さすがにリーマンショック以降は「株主重視」という経営者の言説は減った。
四半期決算
短期業績重視は、中長期的な成長戦略を阻害する。
成果主義
短期成果重視は、中長期的な社員の育成を阻害する。
本来問うべきは道徳
本来問うべきは、道徳であって、それをカタカナ語でまやかしてはいけない。カタカナ語を導入する前に、経営者たちは今一度、道徳から学びなおす必要があるのではないか?
参照:『論語と算盤』
編集履歴
・2013.08.14 整理、「本来問うべきは道徳」を追加
・2012.04.15 初稿