科学
一つの見方。
世界の見方にはいろいろあって、例えばクリスチャンは、神が作られたものとして世界をみる。この世界を少し違った方面から眺めるのが「科学」である。
科学的な証拠とは、人間がこの世界を理解しようとして発見したものの一つに過ぎない。
つまり、「科学」的な思考は絶対ではない。と同時に宗教やその他の考え方と対立するものではない。
という中庸な捉え方が好ましく感じる。
その上でなぜ自然科学を学ぶのか。
神がこの世界を造ったことを信じるのならば、この世界にちりばめられている科学的な証拠をもとにその働きをみることもできるはずだからである。
たとえば、人間にはまだ、根源的な意味での「生きもの」をつくることはできない。クローンは、ただの「卵の改造」である。
またエネルギー代謝などを細かく見ていくと、ほんの小さな違いが生きものの活動を支えている。
原子レベルでこの世界をみると、私たちは原子の「ゆらぎ」であり偶然にこのカタチを成し、行動しているに過ぎない、とも考えられる。
この世界について考えるために、さらにその背後に神がいるということを知るためにも、科学というツールは有効である。
なぜ誤るのか。
科学は絶対だとするから誤る。絶対なものはない。この前提の上に科学も立つべきだと思う。
履歴
- 第 2 版akki-ra2010-08-11 15:17:51
- 第 1 版akki-ra2010-02-27 01:16:45
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