表は次第に賑やかになって、灯の影の明るい仲の町には人の跫音が忙がしくきこえた。誰を呼ぶのか、女の甲走った声もおちこちにひびいた。いなせな地廻りのそそり節もきこえた。軽い鼓の調べや重い鉄棒の音や、それもこれも一つになって、人をそそり立てる廓の夜の気分をだんだんに作って来た。外記も落ち着いてはいられないような浮かれ心になった。
急ぐには及ばないと思いながらも、彼の腰は次第に浮いて来た。手酌で一杯飲んで見たが、まだ落ち着いてはいられないので、ふらふらと起って障子をあけると、まだ宵ながら仲の町には黒い人影がつながって動いていた。松が取れてもやっぱり正月だと、外記はいよいよ春めいた心持ちになった。酒の酔いが一度に発したように、総身がむずがゆくほてって来た。
その混雑のなかを押し分けて、箱提灯がゆらりゆらりと往ったり来たりしているのが外記の眼についた。彼は提灯の紋どころを一々にすかして視た。足かけ三年この廓に入りびたっていても、いわゆる通人にはとても成り得そうもない外記は、そこらに迷っている提灯の紋をうかがっても、鶴の丸は何屋の誰だか、かたばみはどこの何という女だか、一向に見分けが付かなかった。しかし綾衣の紋が下がり藤であるということだけは、確かに知っていた。
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